肥田舜太郎医師

肥田舜太郎先生の遺志を継承する
広島陸軍病院原爆慰霊会
内科医 工藤惠康

ヒロシマ・ナガサキ・チェルノブイリからフクシマに伝えたいもの、肥田舜太郎先生がいろいろ講演しておられました遺志を継いだ私たち医者たちがこういう講演会を開きました。私も広島陸軍病院原爆慰霊会の一員です。うちの父親が爆心地から800m離れた陸軍病院で被爆しました。父はあまりしゃべってくれなかったのですが、肥田先生が言われたように、たまたま肥田先生も今の戸坂、戸坂村、広島市内から7キロ離れたところの戸坂村でうちの父親と一緒に救援活動をやっていました。そういうことが記録に残っています。
まず、肥田舜太郎先生は、放射線による急性障害による凄惨な死と晩発性障害による苦しみを数え切れない程、目の当たりにしてこられました。実相を伝え、すべての核兵器廃絶と原発を取り巻く人を訴え、日本国内だけでなく世界37ヶ国、147市町村、海外だけでも250に及ぶ講演を行ってこられました。
ここに原爆のきのこ雲が載っていますが、「このきのこ雲の下で、人間がどのように殺されていったか知っている人は少ない」と言われたことが今でも思い浮かびます。
これは、右側が広島市の略図です。左側が長崎の略図です。ご存知のように原爆は、広島におきましては島病院の上空約600mで炸裂しました。爆発の際に発生したエネルギーは、放射線が15%、熱線が35%、爆風が50%でした。広島市では、当時人口31~2万人の市民と軍人4万人が直接の原爆被害を受けました。そのうち1945年12月末までに約14万人が亡くなられています。そのうち90%が2週間以内に亡くなっておられます。建物に関しても92%が、焼失または破壊されました。爆心から5キロの地域でも60%の建物が被害に遭っています。
これは、長崎ですが、被爆中心地域は、繁華街から離れた奥まで山に囲まれた細長い地形でありました。原爆の威力は、広島より大きかったにも関わらず被害は、比較的少なかったのです。原爆に使われていた核種が違いまして、広島はウラン型、長崎はプルトニウム型です。威力には、かなりの差があったと思います。ただこういう地形の関係で広島の方が被害が非常に大きかったのです。
放射線量は、爆心地からの距離に依存しています。ここに書きましたように爆心地の線量は広島では、165Gy、長崎では、350Gyであったと推定されます。また爆心地から1km離れたところでは、広島では、4.5Gy、長崎では、8.7Gyと推定されます。グレイというのは、聞き慣れない言葉ですが、放射線の量を測る単位で吸収線量とも言います。放射線が、物質に当った時、そのエネルギーが、どれだけその物質に吸収されたかを表す値です。非常に高い高濃度の放射線量を一度に浴びた時に生き延びる時間と被爆線量を表した図です。人間に限らず生き物の中で最も敏感なのが血液関係の死因です。血液をつくるのは、骨の中の骨髄です。その骨髄が放射線の影響を最も受けやすいと思います。ここに書いてありますように10 Gy以下では、これが、死因です。10から50の範囲内では消化器系統の死因で亡くなられています。特に腸の粘膜が敏感ですぐに壊されてしまいます。下痢をしたり、吐いたり、下血したりいろいろな症状が起きてきます。これ以上高い場合、100以上になると直接、脳へのダメージが大きくて死に至ります。
ここにありますが、100ミリシーベルトで横線が引いてありますが、100ミリシーベルトという数字は、被曝による急性障害が出るラインで、目安となっています。法律を厳密に適用すれば、国民の1年間の被曝量は1ミリシーベルトに達しないように基準を定めなくてはなりません。緊急時における原発作業員の被曝限度量は、年間100ミリシーベルトから250ミリシーベルトまで引き上げられています。ここに新しい単位が出てきましたが、シーベルトとは、生物がどれだけ放射線を浴びたか、被曝したかという単位です。人工線量とも言います。
これは、専門的になりますが、細胞の中には、細胞核があります。その中にDNAという遺伝子、遺伝情報を伝える二重螺旋があります。アデニンとかチミンとかグアニン、シトシンという4つの塩基からそれが成り立っています。上の図の下半分に螺旋が剥がれています。分裂する時には、遺伝子が剥がれて離れていきます。電圧でくっついているのでその力は、数ボルトです。そこにたまたま放射能が当たりますとくっついていた遺伝子が剥がれていきますが、何十万ボルトとかで桁が違うので、この遺伝子を傷つけます。簡単に剥がれてしまってぐちゃぐちゃになると修正が不可能で死に至ります。こういう図を見たら、どうやって放射線の粒が、人間を破壊するのかというのが、よく理解できると思います。
被爆者は、長期にわたり様々な障害、特に白血病やいろいろな癌に苦しめられてきました。白血病は、3~4年後に現れはじめ6~7年後にピークになりました。白血病は、灰色の線です。3~4年後に上がりはじめています。20年かけて徐々に経過してきました。今、甲状腺癌は1950年ごろ、約5年後から、乳癌とか肺がんは、1955年、被爆10年後、胃癌は、1965年ごろ約15年後から増加傾向が見られます。後で出てきますが、福島で大変甲状腺癌が増えています。それは、モニターがよかったからという医者もいますが、4~5年で変わるはずがないという医者もおられます。ただ、広島でのデータでは、甲状腺癌はすでに5年後ぐらいから増加というのが出ているわけです。癌が増えていてもおかしくないと思います。チェルノブイリでは、3~4年後ぐらいから明らかに出ています。放射線と甲状腺の癌の関係は定説になっています。
これは、分子や原子をわかりやすいように模式したものですが、不安定な原子核がより安定な状態の原子核へと変化する時に粒子やエネルギーが放出されます。それが、形になってアルファ線、ベータ線、ガンマ線として原子核外へ放出されたものです。原爆の原理は核分裂の連鎖反応をできるだけ短い時間で一瞬に行うものです。だいたいその過程は、100万分の1秒でその反応が終わります。これとは別に、原発は核分裂をコントロールしながら徐々に連鎖反応をしていきます。この違いだけであってアルファ線、ベータ線といった放射能から放射線が出るのは同じ原理です。
ウランの原子ですが、実際にどれぐらいの大きさかというのは、想像ができないと思いますが、例えばウランの原子は、60億分の1ミリぐらいです。地球の直径が約12000kmありますが、地球を1とすれば、原子の粒は、2mmに相当します。だから、地球の大きさでいえば仁丹の玉ぐらいの大きさが原子です。こういう小さいものが体の中で動いているのです。私たち医者と言いながらも今までは、細胞レベルでしかものを見ていなかったのですが、最近は発達してこういう原子とか分子のレベルまでで考えないと、今、何が起こっているのかというのがわからない、理解できないと思います。
これも模式図にしたものですが、原爆投下後、大量の放射線が放出されました。それから放射性粒子が撒き散らされました。爆発の瞬間の被曝は、主としてガンマ線、中性子粒子による外部被曝であったと考えられています。ガンマ線は体の中をつき通して遠くまで飛びます。原爆は、中性子を当てて、核分裂を起こさせるので急性の症状が出てきます。この時の線量が大きかったために多くの人が即死、もしくは、数日、数週間、数ヶ月の間に死亡しました。肥田舜太郎先は、いつも内部被曝が重大と言っておられました。最近の医学の教科書には、内部被曝も載るようになりました。昔は、こういのは、無視されて参考書には載っていませんでした。最近のものには、内部被曝が出ています。チェルノブイリや福島における原発事故の場合は、放出されて放射線物質が呼吸によって鼻や口を通して、また汚染された水や食糧を摂取して体内に入るという低線量の内部被曝の影響が問題になっています。
これは、長崎大学の七條和子先生が撮影したものです。中心から左と下に2本線が出ていますが、これがアルファ線です。実際にこのようにきれいに撮るのは難しいのですが、長崎で被曝された方の腎臓から出ているものです。これが発見されたのが、2009年ですが、被曝から65年近くたってもこういう放射線を出しているのです。これは、明かに内部被曝の証明です。しかし、こういうことは、あまり公にはされていません。
それから、カナダの医師のペトカウが発見したペトカウ効果というのがあります。体外からの放射線被曝の場合は、放射線が大きければ大きいほどその被害は大きいのですが、体内に入った放射線物質からの被曝の場合は、放射線量が小さくても照射時間が長いほど被害が大きいと言われています。米国のスターングラスやグールドが、実際に被害状況と照らし合わせてより強固にこの理論を裏付けました。ところが、米国の学会では、このペトカウ効果は認めていません。それでもイギリス、フランス、ドイツなどが低線量放射線による内部被曝を認め始めています。
例え被曝量はそんなに多くなかったとしても後々、被害が出ることがあります。5年たってから、20年たってから、あるいは50年たってから被曝が原因で癌になってしまったりすることを広島や長崎の被爆者が教えてくれています。このように遅く出てくることを晩発性障害と呼んでいます。先ほどDNAの模式図で出しましたように放射線が、どんなに量が少なくても簡単に結合を打ち砕いてしまいます。しきい値があるかないかというのは、例えば上の図でいくと縦軸が危険性、横軸が被曝線量を表していますが、半分ぐらいから障害が出てくるという方式をとっています。しかし、実際は理論的に考えても広島で被曝された方を見てもしきい値はない下のように徐々に危険が現れてくるといわれています。しかし、内部被曝の低線量は大丈夫だということで上のようにしきい値を決めています。
真ん中に白いものがぽつんとありますが、これがチェルノブイリです。1986年4月26日に旧ソビエト連邦のウクライナにあったチェルノブイリ原子力発電所で事故が起こりました。原発のあった屋外は、ソ連きっての穀倉地であり、ソビエト国内の40%の穀物を供出している豊かな場所でした。食べものに関して、内部被曝をしている人たちが膨大な数に達しました。特に子どもたちは、放射能で汚染された牛乳を飲み小児癌が多発しました。ここに汚染のことをベクレルで書いています。ベクレルも新しい単位ですが、放射線が放出される激しさを表す単位です。放射性物質が、1秒間に出す放射線の数を表しています。ここの表で一番濃いところは、148万ベクレルでかなり高濃度で汚染されています。
これは、甲状腺癌の子どもたちのグラフです。ウクライナはチェルノブイリから200何キロ離れていると思います。濃い線と淡い線があります。濃い方が、事故が起きた時に0歳から14歳だった子どもです。淡い方が15歳から18歳の子どもたちです。事故から4年後の1990年ぐらいから甲状腺癌が増えてきています。4年後から明らかに増加しています。4年後は、早すぎるという医者もいます。1986年4月26日の事故で、10日間で大量の放射線が放出されました。比較的遠くまで汚染をもたらしたのは、放射線セシウムと放射線ヨウ素でヨウ素は、牧草に降り積もり、その牧草を牛が食べたりして牛乳となりました。それは、排出されてそれを子どもたちが飲んだということです。国内では約6000人の子どもが甲状腺癌になりました。国内では、ベルルーシとかロシアの3ヶ国で1万人ぐらいの甲状腺癌がチェルノブイリの周辺で出ています。だいぶん昔になりますが、研修医をやっていた頃には、日本で甲状腺癌はあまり聞きませんでしたが、最近は増えてきています。
これは、チェルノブイリ原発事故の時に0歳から18歳だったものの甲状腺癌発病率が顕著な増加を示しているものです。一番左端のところは、1980年から1986年の間で、放射線汚染地域居住者の甲状腺癌発病率です。平均10万人当り11.2人に対して、事故後1991年には2倍、1996年には4.5倍、2001年には8.3倍に増えています。ロシアの防衛医科大学のバンダジェフスキーという人がいます。この人は、病理学者で亡くなった人を病理解剖するのですが、各臓器へのセシウムの沈着量を測定して、各臓器への蓄積は一様でないことがわかりました。甲状腺は、ものすごく高濃度で汚染されています。心筋は、セシウムがたまりやすく、よく心筋梗塞になったり、突然死をしたりします。そういう蓄積の状況が違います。
1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故によりベラルーシ共和国のゴメリ州は、高濃度の放射性元素で広く汚染されました。当時、ゴメリ医科大学の学長バンダジェフスキーは放射線被曝の研究に取り組みました。食物を通じて人体に取り込まれた放射性元素による内部被曝の影響を分析した研究はほとんどありませんでした。バンダジェフスキーは、ゴメリ医科大学で亡くなった多数の患者を解剖し、心臓、肝臓、腎臓に蓄積したセシウム137の量と各臓器の細胞組織の変化との関係を調べました。更に臨床研究と動物実験とを併せて、体内のセシウム137による被曝は、低線量でも危険であるとの結論に達しました。
低線量でも11歳から20歳でも60%の害が出て来ます。心電図において不整脈があるのですが、この場合は、不完全ブロックといって心臓が動くたびに連動があるわけで、その連動が障害されているのです。普通は、小児の検診でこういうのはあまり見られません。これは、明かに異常が出ていることを表しています。
酵素がやられた時には、腎臓などで分解されるでしょうから増えてきたり、筋肉が障害されるとクレアチンフォスフィキナーゼというのが、ものすごく上がってきます。特に心筋酵素などでは著明に上がります。こういう普通の状態でなはいということは、何か病理的な問題があったと思います。
これは、福島で汚染されたものと比較しています。単位がチェルノブイリでは、ベクレルで日本では、マイクロシーベルトです。右下にだいたいどれぐらいの値に当たるかを比較してあります。チェルノブイリも福島も汚染されています。これは、日本人だけでなくドイツ人も測定していますから真実だと思います。
セシウム137とか134の合計沈着量が東北で震災が起こった時、2011年11月1日の値に換算してあります。これを見ると福島は、基準をはるかに超えた量の汚染になっています。首都圏、東京でも法律で定められたものよりはるかに汚染されています。これから、福島では長崎や広島と同じようなことが起こるのではないかと考えられます。福島第一原発から出ている放射線は、広島、長崎で使われたウランとプルトニウムと同じ放射線によるものです。ですから福島や東北、関東の人には、広島、長崎と同じことがたくさん起きてくると考えた方が自然と思われます。こういうことを言うと風評被害と言われますが、私たちは人員的な影響を見ています。
これは、福島県民健康調査です。一番上に書いてあるのは、0歳から18歳時の30万人の子どもたちを調べています。悪性ないし悪性の疑いと書いてありますが、これは文字の使い方であって、これは悪性だと思います。116人で、ものすごい数です。2回目も71人が悪性ないし悪性疑いが出ています。3回目は、12万人のうち4人出ています。こういう数値を出しても、検診の機会が増えたから発見する率も上がっているという医者もいます。ただ、私たちが40年ぐらい前に検診をしたところ、甲状腺癌は日本全国でも見たことがなかったと思います。
肥田舜太郎先生は、外国にも行かれて、講演されて、たくさん本を書かれました。本を読みましたが、私は、先生がおっしゃっていることは納得がいきます。今回使った参考文献はここに書いています。最後になりますが、肥田先生が、本当に偉いと思うのは、被爆の生き証人として使命感を持ち、良心によって導かれました。その良心は、価値観から芽生えます。そして、価値観は、その人が真実を見極めたものから形成されます。何が真実かというのを見て、私たちはそれを判断したいと思います。何が本当かというのを見極めることが必要かと思います。ありがとうございます。